──消された設計者ヨーゼフ・ガンツの物語
目次
ポルシェ設計の10年前! 別のエンジニアが発表していた基本コンセプト
空冷ビートルはポルシェが設計したということになっています。
が、実はポルシェがビートルの設計に入る約10年前の1920年代半ばのことです。
ユダヤ系技術者、ヨーゼフ・ガンツが、「リアエンジン、独立懸架、バックボーンフレーム、安価な小型車」という基本設計図を論文で発表していました。
この写真は、その後の試行錯誤の上、1933年にヨーゼフ・ガンツが形にした車です

出典:CC BY-SA 3.0 File:Standard Superior 1934.jpg Created: 1933 Uploaded: 18 October 2008
外観以上に、設計思想は驚くほどビートルに似ているのです。
- 空冷エンジン
- 主流は水冷
- リアエンジンリアドライブ(RR)
- 主流はFR
- 独立懸架サスペンション
- 主流は固定車軸
- バックボーンフレーム(中央に太い鋼管)
- 主流はラダーフレーム(はしご型)
- 流線型ボディ
- 主流は箱型
カーマニアのヒトラー 、モーターショーでその車を見る?

出典:Bundesarchiv, Bild 102-06820 / Georg Pahl / CC-BY-SA 3.0, CC BY-SA 3.0 de, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=5479970による
彼はその車を1933年のベルリンのモーターショーに「国民車」という宣伝文句で出品しました.
無類のカーマニアといわれた、ヒトラー。
ベルリンのモーターショーでこの車を見たはずです。
そして、「これこそがドイツ国民車の理想形だ」と感じたのかもしれません。
ヒトラーこれこそがドイツ「国民車」の理想形だ、が、しかし…..
ユダヤ系設計者ヨーゼフ・ガンツの悲劇
国民車の設計者がユダヤ系であるという事実は、ヒトラーは到底受け入れがたいものだったと考えられます。
事態は急転します。
1933年2月のベルリン・モーターショーの3ヶ月後のこと, 急遽ポルシェ博士に依頼します。



ポルシェ博士、「国民車」を作れ!



はい、承知しました。
モーターショーの3ヶ月後、ポルシェ博士へ依頼の謎!


File:Bundesarchiv Bild 183-2005-1017-525, Dr. Ferdinand Porsche.jpg
Created: 1940 Uploaded: 30 May 2011
ポルシェ博士のプロトタイプは、ガンツが発表した車のコンセプトに驚くほど似ていました。
- 空冷エンジン
- リアエンジンリアドライブ(RR)
- 独立懸架サスペンション
- 流線型ボディ
モーターショーの3ヶ月後。
設計者がユダヤ系。
このことから
ヨーゼフ・ガンツの発表した車をもとに、ポルシェ博士に開発させたのではないかと推測できます。
政治的な背景により、ガンツの名前が歴史から消されたようにも感じます。
ビートルの真の原点は、ガンツのアイデアにあったのかもしれません。
ヨーゼフ・ガンツの車の映像
ヨーゼフ・ガンツの車は現存し、この動画で見ることができます。










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