トップ画像:出典:フォルクスエンペファンガー(国民ラジオ)。撮影:Karl Gruber / Wikimedia Commons (CC BY-SA 4.0) ※文字加工あり
「国民のため」という建前の裏側
ヒトラーが力を入れた二つの「フォルクス(国民)」政策って知ってますか?
- (国民車)フォルクス・ワーゲン
- (国民ラジオ)フォルクス・エンペファンガー
どちらも「国民の生活を良くするため」って触れ込みでしたが、実際はちょっと違ったんです。
フォルクス・ワーゲン:届かなかった国民車

CC-BY-SA 3.0, CC BY-SA 3.0 de,
https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=125168480
1934年、ヒトラーが「ドイツの労働者みんなに車をあげる!」って宣言したんです。当時って車なんて超お金持ちしか買えなかったから、これはみんなビックリ。
で、積み立てシステムを作って「ちょっとずつお金貯めてけば、いつか車もらえるよ〜」って。でも実際は…そのお金、軍事費に使われちゃいました。
どこかの国にも同じようなことありました。
ただし、ヒトラーが大の車好きということから、意外な結果を生み出しました。
彼の考える車の理想を、ポルシェに伝え誕生したのが、後に世界的なベストセラーとなる「ビートル」でした。
皮肉にも、この車は戦後になってから本当の「国民車」となったのです。。
フォルクス・エンペファンガー:プロパガンダしか聞こえないラジオ
1933年から始まった国民ラジオ。これ、めちゃくちゃ安くて、なんとドイツの70%の家庭に置いてありました。70%という普及率、当時では考えられない数字でした。

でも、このラジオ…ナチスの宣伝番組しか聞けないラジオだったんです。
つまり、毎日毎日「ヒトラー最高!」「ナチス万歳!」みたいな放送しか流れてこない。今思うと怖すぎる。
デザインはいいとおもいますけど。
ちなみに今でもeBayで売ってるらしいです。まだ手に入るんですね。当時と違って高いですけど。

まとめ
ヒトラーのこの二つの政策、「国民のため」って言いながら実際は政権維持が目的でした。
車の貯金は戦争で消え、ラジオはプロパガンダ装置。
戦時の日本の状況もちかいものだったかもしれません。
8月だし、終戦の日もあったから、こんなBlogになりました。
フォルクスワーゲンは生き残って世界中で愛されてるから良かった。でも洗脳ラジオは消えて正解
歴史から学んで、より良い社会を作っていきましょう。

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